やすりのまち仁方町の神様
やすりのまち仁方町の神様
ヤスリのまち仁方町には、八岩華神社(やいわばなじんじゃ)があります。
毎年やすり祭りの日には、業界人が集まってお祝いをさせて頂いて、業界とも実に縁の深い神社です。
この神社の花田忠正宮司さんと私は、幼なじみでとても素晴らしい方です。
地元仁方町に帰られる前は靖国神社の権宮司までされていたのですが、父君でもある先代宮司さんがお亡くなりになった後地元に帰って来られました。いつ参拝させていただいても、隅々まで清掃されて、心あらわれる思いがいたします。
ここで神社の歴史について紹介させて頂きます。(パンフレットより)
明治41年(1908)11月10日、現在地(西砂)に鎮座せる岩倉神社(いわくらじんじゃ)に一井迫の八幡神社(はちまんじんじゃ)並に中筋原の下華田神社(しもはなだじんじゃ)を合祀し、各神社の社名を手取りて八岩華神社と称す。
拝殿は、大正9年(1920)、本殿は昭和九年(1934)花田瑞穂宮司のときそれぞれ再建さる。また、平成8年(1996)に大修復なる。
八幡神社は豊前宇佐八幡宮より仁方一井迫に勧請された社であるが年暦不明なるも、宇佐八幡宮によれば貞観年間(859~876)ではなかろうかと云う。
文明6年(1474)8月14日花田中務大夫藤原重光再興。弘治2年(1556)11月24日忠海村床浦城主、浦兵部平宗勝再興。又、享保13年(1728)再興と伝える。
岩倉神社の創祀は川尻岩戸浜の南、女猫島の北谷に天文年間(1532~1554)と伝えられるが、永禄年間(1558~1569)に毛利元就付近の神田字名吉悪(よしあし)を永代奉納す。永禄5年(1562)9月17日仁方村神職.・花田兵部忠次、仁方の西砂遷座せしむ。下華田神社は紀伊国熊野本宮大社より中筋の原の地に勧請せし社、その年暦不明。万延元年(1860)花田伊勢守忠盛再建せりと云う。
平成20年の年が八岩華神社御鎮座(合祀)百周年にあたる。
八岩華神社の御祭神について
誉田和気尊(ほんだわけのみこと)
息長帯日売尊(おきながたらしひめのみこと)
帯中津日子尊(たらしなかつひこのみこと)
邇々芸尊(ににぎのみこと)
以上がパンフレットに書いてある神社の紹介です。
ちなみに、呉市ホ-ムペ-ジの”文化財・訪ね歩き”のにも神社のことが紹介されています。
http://www.city.kure.hiroshima.jp/bunkazai/page13.html
皆さんの町の古くからある神社の歴史を知っていますか?色々調べてみるのもいいかも知れませんね!。
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